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知っておきたい、災害時の血圧管理

避難生活や防災で気を付けたいポイント

災害時には、被災前に良好であった血圧が上昇することが報告されています。それは普段飲んでいる薬が持ち出せなかったなどの薬不足にも起因しますが、それだけでなく、震災後の各種ストレスや環境も大きな要因となり得ることがわかっています。
災害時はなぜ血圧が上昇してしまうのか。原因と対策を「2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン」から抜粋してポイントをご紹介します。*1

目次
この記事の監修医師
福岡大学 医学部 衛生・公衆衛生学教室 主任教授
有馬 久富 先生

災害と血圧の関係

被災前は血圧管理が良好であっても、震災後の様々なストレスによって血圧上昇がもたらされることがわかっています。
高血圧ガイドライン2019では、120/80mmHgを超えて血圧が高くなるほど、脳卒中および心疾患、慢性腎臓病などの罹患リスクおよび死亡リスクは高くなるとされています*2。よって、震災後に血圧の上昇を抑制することは、脳心血管疾患を予防する観点からもとても重要です。南三陸町の災害医療の現場でも、震災後約1か月半ものあいだ降圧薬を服用することが出来なかった高齢者で、収縮期血圧が200mmHgを超えてしまった例がありました*3

血圧は、夜間就寝中に最も低下し、日中活動時に上昇します。しかし、災害時には、災害による環境変化などから生活リズムが乱れてしまい、不眠、睡眠不足などを引き起こすだけでなく、自律神経の乱れなどにより血圧が上がってしまいます。また、寒冷環境はストレスの増大や頻尿による不眠、血圧上昇の引き金となることがあります。さらに、非常食など、日常とは異なる食生活による食塩摂取の増加が続くことにより、災害高血圧*が引き起こされます。

*災害後に生じる高血圧(≧ 140/90 mmHg)のことを「災害高血圧(diaster hypertension)」という

災害発生時から長期的な視点で向き合うことが重要

災害発生直後の混乱の状況から安定に向かう過程で、非常に多くの心的ストレス等が被災者にかかることが想定されます。心的ストレスによる病状の悪化また悪化による新たな疾患の発症を誘引させてしまう可能性があります。ここでは、各段階でどの様な症状また病気が起こりやすいかを「急性期」、「亜急性期」そして「慢性期」に分けてご紹介します。

急性期

災害発生から3日以内を急性期と言います。地震による家屋倒壊や火災・津波などによる外傷や溺水により、多くの犠牲者が生じます。この時期に生じるストレスにより冠動脈疾患や不整脈、たこつぼ型心筋症*などの循環器疾患も多数発生していると考えられます。

亜急性期

災害から4日〜3週間の亜急性期には、感染症や脱水、衰弱などが多く発生するとともに慢性疾患の悪化や深部静脈血栓症(DVT)**が問題となります。環境の変化等による強いストレスに加え、慢性疾患の治療が中断してしまうことや食生活の変化が、既存症である心血管疾患や高血圧、糖尿病など慢性疾患の増悪を引き起こします。とくに慢性心不全の患者さんにおいては、内服薬の不足や塩分過剰摂取などによる心不全の急性増悪を生じる例があり、注意が必要であると言われています。さらに、この時期に引き続き起こる余震がストレスとなり、たこつぼ型心筋症など循環器疾患の誘因となることもあります。

慢性期

災害から4週間以降の慢性期になると、物資や医療の不足は次第に改善されていきますが、引き続き避難所生活を強いられる被災者の方も多く、ストレスを含めた生活環境が心血管へ影響をもたらす状況は継続します。さらに、亜急性期から増悪した慢性疾患は、急性心筋梗塞の発症や慢性心不全の増悪など、さまざまな循環器疾患の発症を引き起こします。

* ストレスが原因で突然、胸痛や息切れなどの症状が現れる心臓の病気
** 主に下肢(ふくらはぎや大腿部など)または骨盤の深部静脈で血液が凝固し、血栓ができて血管が詰まる病気

災害時、血圧上昇につながるさまざまな要因

1.ストレス

ストレスは交感神経を活性化させ血圧や脈拍を上昇させます。また、交感神経が優位になると、塩分排出量が低下します。ストレス要因としては、余震の恐怖、住環境(避難所生活)、衛生環境(風呂・トイレ・手洗い)、通信障害(親族との連絡や情報を受け取れない)が挙げられます。

2.食事による塩分摂取量の増加

非常食として提供された食事の塩分過多や、提供された食事を残しづらい環境も要因となります。

3.薬不足

いつも飲んでいる薬を持ち出せなかった、流出してしまったなど、服薬の継続が不可能となってしまう場合があります。

4.運動不足

震災による車中泊や避難所生活では、エコノミークラス症候群を発症しやすいことがわかっています。

5.睡眠と生活リズムの障害

被災時には、災害の大きなストレスや環境変化により不眠症や生活リズムの乱れを引き起こします。

災害時に気を付けたい高血圧対策

1.夜間の睡眠

不安な状態が続き、慣れない環境下ではぐっすり眠ることは難しいものです。しかし、災害時こそ睡眠が大切です。避難所では夜間の消灯に加えてアイマスクや耳栓、振動防止のためのマットレスを使用するなど、できる限り睡眠環境を整え、6時間以上の良質な睡眠の確保に努めましょう。もし十分な睡眠がとれない場合などは、かかりつけの医療機関や巡回の医療従事者の訪問があれば眠れていないことを伝えましょう。

2.日中の運動

動かないでじっとしている状態が続くとエコノミークラス症候群が発症しやすくなります。運動どころではない状況下であってもできる限り歩行など、体を動かすことを心がけましょう。1日20分を目安に歩いてみましょう。

3.減塩を意識する(可能な場合)

十分な食料が確保できる状態であれば、減塩を意識しましょう。カリウムの多い食事(緑黄色野菜、果物、海藻類)は塩分の排出に効果的です。無塩のトマトジュース、野菜ジュースなどでもカリウムが摂取できます。但し、重度の腎機能障害のある方のカリウム摂取は高カリウム血症につながる恐れがあるため、注意が必要です。

4.水分補給&トイレを我慢しない

夜間にトイレに行きづらい、トイレが衛生的でないなどの理由でトイレにあまり行かず水分摂取を控えるケースがあります。血液が過剰に固まりやすくなることを予防するためにも、水分は十分に取りましょう。心臓や腎臓の機能が低下していない場合は、目安として1日1,000mL以上の水分を取ることを心がけましょう。

5.体重管理

震災前の体重からの増減を2kg未満に保てるよう心がけましょう。栄養また運動の面からも体重は重要な身体的指標です。体重計がない場合でも、なるべく意識して過ごしてみましょう。

6.可能な限り毎日血圧を測る

災害時に上がりやすい血圧の状態を把握するためにも、血圧は可能な限り毎日計測しましょう。

7.薬の継続

普段内服している薬が持ち出せなかった場合は、医療機関や臨時の医療従事者に相談してください。

8.寒冷環境に気を付ける

避難所は体育館などの施設が多く、またガス・電気などのライフラインが寸断され、屋内でも低温になる場合があります。寒冷環境はストレスの増大や頻尿による不眠、血圧上昇の引き金となることがあります。可能な限り暖かくし、適切な換気を心掛けてください。

非常時に備え、心がけるポイント

日頃から内服しているお薬がある場合は、お薬とお薬手帳を普段持ち歩くカバンに入れるなど、常に携行するだけでなく、非常時持ち出し袋のリストに加えるといった工夫もしてみましょう。また、災害食には食塩含有量が多い場合があります。無塩または減塩の災害食や常温保存可能な減塩調味料を防災袋などに備えておくのもおすすめです。

まとめ

災害によるストレスや環境の変化は、血圧の上昇を引き起こす可能性があります。血圧の上昇により、症状の悪化また新たな疾患の発症を誘引してしまいます。困難な状況でも、夜間の良質な睡眠や適切な食事、定期的な運動などが行えるようできる限り意識することが大切です。災害に備え、内服薬の携帯、無塩食品や減塩調味料を備えることが重要です。

参考資料

*1 2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン
https://www.jpnsh.jp/Disaster/guidelineall.pdf

*2 高血圧治療ガイドライン2019(日本高血圧学会)
https://www.jpnsh.jp/data/jsh2019/JSH2019_hp.pdf

*3 苅尾七臣.日本内科学会雑誌第101巻第5号 専門部会シリーズ:内科医と災害医療,災害時の循環器疾患:内科診療の留意点

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